A room with a view. 大仰なイギリス英語、ベテラン女優の大げさな演技、およびベテラン女優の顔の皴の3つを楽しむ映画。


 









共にゲイの映画監督 Merchant(インド人)とIvory(アメリカ人)の男性カップルが作成した、低予算の耽美的イギリス映画です。Academy賞を3つ受賞しています。

1986年の公開時にアメリカで大ヒットして、300万ドルの制作費用に対して収入は2,000万ドルに達したそうです。出演料がアメリカ人よりもグッと安い英国人俳優を多く起用して、セットを組まずに実際の家屋内で撮影したシーンが多かったことが低予算で済んだ理由と推察します。出演俳優にもゲイの方が居て、どうやら耽美的表現にはゲイの方の才能が大いに発揮されるように思います。

時代背景は1900年頃、タヌキ顔のイギリス金持ちの箱入り娘Helena Bonham Carterは、母方の独身の叔母さんをお目付け役として同行して貰って、フィレンツェに旅行します。

イギリス人がウジャウジャいるフィレンツェの高級ホテルで、予約時の約束と違って部屋の窓から川や教会が見えないことにガッカリして、夕食のテーブルでも、叔母さんはグチグチ文句を言い続けています。出てきた料理にも叔母さんはケチをつけっぱなしです。堅苦しくて要領が悪くて側に居て楽しくない女性と言うのは、どこの国にも居るようです。

この辺で我々は「この映画は、大仰なイギリス英語、ベテラン女優の大げさな演技、およびベテラン女優の顔の皴の3つを楽しむためのものだ。」と気が付きます。

ピチピチした若い俳優達の美貌を愛でて楽しむ、昨今のアメリカ映画とは相当に毛色が違います。アメリカで大ヒットした理由も、こうした「イギリス風味」が、1986年当時、粗野なアメリカ人(今も変わらずアメリカ人は粗野ですが)に目新しくて新鮮だったからのようです。

部屋の文句を言い続けている叔母さんの言葉を聞きつけて、同じテーブルについた初対面のイギリス人親子客の親父(この親父役はゲイで、後にAIDSで死亡)が、「我々の部屋は良い景色だ(A room with a view)。男は景色なんて見ないから、部屋を交換しよう。」と叔母さんに申し出ます。

息子Julian Sandsは美貌で、多少浮世離れしたボーっとした表情でタヌキ娘を見つめています。いい歳して父親とイタリア旅行するなんて、こいつも大概に箱入り息子ですな。

初対面の人から申し出を受けるのはイギリスマナーに反するので、身持ちの堅い叔母さんは、食事を止めて憤然とテーブルを立ちます。しかし周囲のとりなしで、結局、叔母さんとタヌキ顔の娘は、親子のご厚情に甘えて、眺めの良い部屋を譲ってもらいます。良かったですね。

タヌキ娘は、旅行先でもピアノ練習に精を出すようなお上品な娘さんですが、独りでフィレンツェの街中を歩いてみます。箱入り娘の小さな冒険ですね。広場でイタリヤ人二人が喧嘩を始め、一人が刺されて血を流して死んでしまいます。それを間近で目撃したタヌキ娘は失神しますが、偶然にJulian Sandsが側に居て、彼女を抱きかかえて助けます。二人は秘密を共有したことになります。

後日、ホテルのイギリス人客一行は、郊外にピクニックに出掛けます。この場面の描写で、イギリス人旅行者がイタリア人下僕を手酷く叱責しており、イギリス人とイタリア人の地位格差が良く判ります。まあ、1900年代初頭の欧州は、イギリスにとって野蛮な後進地域だったと言う時代背景が判って楽しいです。

ピクニックの最中、美貌のJulian Sandsが独りで光輝く麦畑の真ん中で景色を眺めている時、タヌキ娘が先日のお礼を言いに近寄って行きます。唐突に激情にかられた美貌のJulian Sandsは、麦畑の真ん中でタヌキを抱きかかえてキスします。ロマンチックですね。私も、男女交際の過程で女性にキスをする経験がしてみたかったです。

男女間の機微を知る叔母さんがタヌキ娘を追いかけてきますが間一髪キス阻止に間に合わず、でも二人の間に割って入って、叔母さんはプンプン怒ってタヌキを連れて早々にホテルに帰ります。

イギリスに戻って、タヌキ娘はSnobbish甚だしいユダヤ系金持ち男の求婚を受け入れます。この男は、芸術品を品評するようにして、金持ちでピアノを弾けるタヌキ娘を気に入ったようです。婚約したのに、二人はキスすらしません。

結婚まで何もしないようです。でも、合体のお試しはした方が良いですね。この点が、後のタヌキ娘とSnobbishユダヤ人の婚約破棄の伏線になっていると思います。

金持ち男は偶然に美貌のJulian Sands親子と知り合って、住まいの斡旋をします。この結果、タヌキ娘はJulian Sandsと再会してしまい、藪陰で再びキスされてしまいます。

美貌のJulian Sandsは、タヌキ娘への愛を告白しますが、タヌキは拒絶します。でも、モヤモヤと婚約への疑問が湧きだしたタヌキ娘は、Snobbishなユダヤ系金持ち男との婚約を破棄します。

その後色々あって、結局タヌキ娘は美貌のJulian Sandsの思いを受け入れ、二人は再びフィレンツェに旅立ち、同じホテルに泊まって、眺めの良い部屋(A room with a view)の窓辺でキスを繰り返すのでした。このシーンがDVDのカバー写真です。お二人ともキスして気持ちよさそうですね。羨ましいです。キスよりも合体の方が気持ち良いですよ。映画お終い。

美貌のJulian Sandsは私生活で登山が趣味の方だったそうですが、最近、2023年1月にコロラド州の冬山で行方不明になったようです。未だ判りませんが、死んだのでしょう。佳人薄命と言う奴ですね。

イギリス英語は難しいので、動画を一時ストップして英語字幕を見て、電子辞書で英語を確認しながら映画を観ます。この映画鑑賞には、とても時間が掛かります。

又、1900年代初頭のイギリス家屋の内装に興味のある人(←私)は、動画をストップしてよーく観察すると良いでしょう。やたらとガラクタや絵が沢山飾ってあって、興味深いです。最近の家屋内装は国を問わずにシンプルですから、こういった昔の「ゴテゴテして毛深くて情報過多の」家屋内装は目の保養になります。引っ越しの際の荷造りが大変そうですな。

俳優たちは皆、女性は生成りの薄黄色の木綿服、男性は濃い茶色の毛織物背広をカッチリと着込んでいて、1900年代初頭のイギリスは、フォーマルな装いが一般的だったのだなぁと思います。

思い起こすと、私が小学校の頃、1970年代前半、授業の父兄参観日に母親たちは全員、着物姿で来ていました。参観日でなくとも、学校に行く時、母親たちは正装宜しく必ず和服を着ていました。曰く、50年位経つと、衣装の風俗は大きく変わるものです。

映画内で父親と息子がフィレンツェ旅行をしている様子を見ていて、私の父が49歳で肝硬変で倒れて手術を受けた後、1980年前頃に私は父親と連れ立って二人で、実家のあった鵠沼海岸の近隣を毎晩、散歩していたのを思い出しました。手術後の父親の体力回復が目的です。

1980年前頃に高校生で勉強もスポーツも中途半端で、重症のアトピーで不細工だった私は、自分の情けない現状、もう直ぐ訪れる大学受験の失敗と浪人生活、および数年後に訪れる父親の病死を考えて、とても居心地が悪い日々を過ごしていました。おまけに父親と毎晩、湘南の海辺をお散歩する高校生なんて、ダサくてカッコ悪いですよね。父親は苦しみぬいた後、1983年に野良犬のように痩せこけて惨たらしく死にました。

1980年前後の当時、鵠沼海岸のマクドナルド店舗は世界で一番大規模なことで有名でした。ある夜のお散歩の途中で、父親を連れてマクドナルドに行ってマックシェイクを買って父親に飲ませたら、「こんな旨いものがあるのか!」と父親は感動して、散歩の帰路、飲み終わっても未練がましくシューシューとストローを吸い続けていました。ドイツ語・英語に堪能で、アカデミックな応用化学の博士だけど、生活は至って質素な父でした。

1990年頃、会社員だった私は2週間ほどヨーロッパを独り周遊旅行したことがあって、映画の舞台となったフィレンツェを訪れました。当時、何故か知らないけれどフィレンツェは日本人娘に大人気で、日本人娘が店員に雇われた店が沢山ありました。日本人の海外留学が盛んだった頃です。

ある革製品屋で美しい日本人娘の店員と日本語で話していたら、イタリア人上司が来て「もっと日本人観光客を、高いものを売っている2階のフロアに連れて行け。」と彼女に粗野な英語で指導し始め、私も彼女も、とても居心地が悪かったです。

以上、A room with a viewは良い映画ですが、イギリス英語と1900年代初頭の時代考証が好きな変わり者にしか、お薦め出来ません。2023/2/5

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