板橋区立美術館の所蔵品 前衛絵画展 ヘタウマか下手か判別出来ず。東武練馬駅近くの中華「たけいし」のお味は中途半端。
8/25(日)も朝から暑かったけれど、自転車で板橋区立美術館に出掛けた。この美術館は何故か所蔵品に前衛絵画が多いらしく、所蔵品による前衛絵画の無料展覧会をやっている。
私がガキの頃、自宅の書架に何故か画家別の古い絵画書が何冊もあって、小学生の頃からルーベンスやゴヤの絵画に親しんでいた(文章ページは漢字が多くて読めないので、絵画ページを見ていただけ)。更に中学生の頃からは、それら近古典的な絵画をぶっ壊すようなシュールレアリズムが好きになった。ガキの頃は反抗的なのが当たり前なので、誰でもシュールレアリズムが好きかも知れない。
高校大学の頃はオルタナティブロックが流行ったこともあって、私の前衛好き性癖はその後も続き、60歳代になった今でも前衛的なものには常に気を引かれてしまう。私の感性はガキの頃の状態のまま「前衛好き」で、成長していないと言う事ですな。
以上の理由によって前衛絵画展を見るために自転車で板橋区立美術館に辿り着いた。
例によってこの美術館のトイレは青天の屋外の如く照明が明るい。読書に適しているのは勿論、時差ボケの解消や冬季の曇天続きによる鬱症状の改善にも役立つと思われる程、恐ろしく明るい。
昨今は公共施設の経費削減が盛んなので、近い将来にこの素晴らしく明るいトイレ照明も、一般的な暗い照明に取り換えられるだろうと予想する。一寸悲しい。
肝心の展示絵画は無名の画家によるパッとしない凡作が多く「これはヘタウマの画家たちなのか?それとも単純に下手クソで写実的な絵画を描けないから前衛絵画に逃げたヘタレの人達なのか?多分後者だよなぁ。」という思いが頭を離れず、且つ、不器用で絵が下手クソだったガキの頃の私自身を見せつけられているような居心地の悪さを感じた。故に私は泣き笑いのような奇妙な表情が顔に貼り付いてしまったが、しかしそのまま観覧を続けた。
12時過ぎに美術館を出て、自転車でそのまま東武練馬駅近くに戻って、モンゴル料理「あむ亭」を視察。ヤッパリ閉まっている。大変に悪い予感がする。
暑いので周辺の新たな飲食店を開拓する気分になれず、中華「たけいし」を再訪。キムチ豚肉炒めランチ800円を喫食。むーん、味・質・量の何れも中途半端だと感じた。玉ネギが半分ナマだった。この店の親父さんは、根本的に料理が下手なのかも知れない。
店内は閑散としていて客は私一人で、親父さんとオバサンは店内のTVにて「夫婦で飲食店を長年経営して、苦労している老夫婦の皆さん」という特集番組を食い入るように観ていた。シャレにならない構図である。
親父さんが「出来る範囲で、だましだましやって行くしかないんだよ。」と、心から絞り出すようにオバサンに向かって言っていた。オバサンは「税務署が税務調査をする時は、お店の経営者家族の生活に密着して調べ上げるんだってよ。」なんて豆知識を言い返している。
切なくなるから、お客の前で深刻な話は止めて欲しい。居たたまれない気分になった私は、逃げるように会計を済ませて退店。
暑くて自転車遠乗りをする気分になれずに、自宅方面に向かった。途中、光が丘公園で一休みして歯磨きとフロスをしてリテイナーを装着。
板打ちテニス場をしばらく見ていたけれど、板打ちの様子を見るだけでテニスが上手い人下手な人は直ぐに判別出来る。ポイントは、充分前から打つ準備が出来ているかどうか、及び壁の充分上の方に向けて球を打つことが出来ているかどうか。
下手な人は、打つ準備が遅くて、壁の下の方に向けてヒステリックに強い球を打ち続けている。私に他人を批評出来る程のテニス技量は無いけれど、これら下手な方々がもがいている様子は見苦しいですな。
第三者には良く判っても本人には皆目判らない欠点って、テニス以外の分野でも当然多いでありましょう。
2024/8/25