人口集中は、生活・経済・事業活動の効率化を可能にしてくれる。逆に過疎化すると、あらゆることが困難になる。
私は2009年頃に2年間、山梨県北杜市の長坂駅近くに住んでいました。幾つか工場もあって、スーパー・飲食店、および多くのリゾート宿泊施設(および別荘群)もありました。
空気はキレイで甲斐駒ヶ岳が目の前に見える景勝地で、その反面、お世辞にも人が沢山住んでいるとは言えない地域でしたが、ある程度は都会的に快適な生活をすることは可能でした。故に、過疎による不自由はあまり無いけれど、過疎による不自由が生じるか生じないかギリギリの人口程度だと感じていました。
寧ろ、政府が1990年代に田舎にばら撒いた「ふるさと創生事業」のお陰で、地元民と別荘族を対象とした天然温泉・体育館・(屋内と屋外の)ゲートボール場・テニスコート・運動場・屋内プールが矢鱈と何か所もあって、且つそれらは利用者が居らずに酷く閑散としており「こんな沢山施設があっても、住民は年寄りばっかりなのになぁ。」と不思議に思いつつ、私は温泉と室内プールはフルに利用しておりました。
私が住んでいた頃から15年程度が経過して、ウェブで山梨県北杜市の長坂駅周辺の様子を調べてみたら、私が通った地元スーパーやまと長坂店(当時から店内が薄暗くて活気が無かった)は破産して閉店しており、私が通った近隣の不味い飲食店も幾つか閉店しておりました。私が通っていた民営テニススクールは閉鎖されておりました。要するに、街は衰退の一途を辿っています。
何しろ住民が壊滅的に少ないので、サービス業全般を経営して採算黒字を維持するのはとても大変だろうと思います。又、上述した天然温泉以下の公共施設は、メンテ・修復・清掃・管理の維持費用が多く掛かるので、少ない現地住民をお客にしてこれらを維持していくのも大変だろうと思います。従って、私が住んでいた当時(300円/回)と比べて、市営の天然温泉の使用料は倍(700円/回)になっておりました。
現在私は練馬区で隠居生活を送っておりますが、近隣の大型スーパー3軒は何れも自転車が停め切れない程に活気が溢れており、飲食店が閉店したら、直ぐに次の新しい飲食店が入れ替わりでオープンします。近辺では、新築工事中のマンションも建設途中の一戸建ても散見されます。地域住民は決して高齢者ばかりではなくて、子育て世代の若い家族世帯も大変に多いので、私営保育園が沢山あって、平日昼間は保母さんがカートに小さな園児を沢山載せて、公園へ遊ばせるためにと移動しています。要するに、街が活気に満ちています。
山梨県北杜市長坂駅周辺は、都会の喧騒を離れて時々短期間だけ住むのにはとてもフレッシュで良いのですが、常にそこに住むと、練馬区の生活と比較してとても不便を感じるだろうと思います。
練馬区に住んでいれば首都圏で職を探すことが出来ますが、山梨県北杜市で働き口は中々ありません。
上述の比較の通り、人口集中は、生活・経済・事業活動の効率化を可能にしてくれますが、逆に過疎化すると、あらゆることが困難になるのは明らかです。確かに田舎の空気はキレイで景色は良いですが、現実生活で田舎暮らしはロクなことがない、というのが私の体験に基づく結論です。
先週10/12(木)のテニススクールで手首を捩じってしまい、同日以降はテニスも自転車も自重して、自宅に引き籠っています。丁度背中も腰も神経痛のような痛みがあるので、これ幸いとずっと寝て療養しています。毎日15時間くらい寝ていると思います。時々起きて、独りでご飯を食べて焼酎を飲んでインターネットを見て、再び寝ます。
こうした生活をしていると、寝ている最中に矢鱈と嫌な夢を見ます。
私は大学の受験勉強が全然ダメで、慶応商学部に進学した後も悲惨な程に大学の授業が全く理解出来ませんでした。もう45年位昔の出来事なのですが、今でも悪夢を見る時は、勉強が出来なくて運動も出来なくてアトピーで肌が血まみれで、クラス内で惨めな思いをしていた高校時代が悪夢の舞台になります。
こう言うのをトラウマっていうんだろうなぁと思います。
2023/10/17